5分でわかる南城市の歴史

ざくっと「南城市はこんな土地」という情報をコンパクトにまとめてみました。その特徴は歴史と文化にあります。

沖縄の歴史はここからはじまった

アマミキヨと家族

神話のお話です。

アマミキヨという神さまが沖縄の島々や御嶽(ウタキ=祈りの場所)をつくりました。そのときにつくった7つの御嶽のうち、4つが南城市にあります。

大仕事を終えたアマミキヨは、まず南城市の離島・久高島(くだかじま)に降り立ったとされています。このため、久高島は今でも「神の島」と呼ばれていて、たくさんの神行事が残っています。

アマミキヨは久高島から、海をわたって玉城百名のヤハラヅカサの浜に上陸しました。その後、近くの浜川御嶽(はまがーウタキ)に仮住まいし、玉城仲村渠のミントングスクに定住したと伝わっています。

「斎場御嶽」が世界遺産になった

斎場御嶽

アマミキヨがつくったとされる御嶽のひとつが「斎場御嶽(せーふぁうたき)」です。琉球王国で最高の聖地とされていました。王国最高の神女「聞得大君(きこえおおきみ)」の就任儀式「お新下り(おあらおり)」が行われた場所でもあります。

人類に共通する宝物と認められてユネスコの世界遺産リストに登録されました。認定理由の中に以下の一文があります。今も南城市は祈りの地なのです。

「琉球地方では、各推薦資産において、自然崇拝的な信仰思想に基づく各種の宗教儀礼や祝祭が今日でも盛んに行なわれており、市民の生活や精神の中に資産が活用され、文化として生き続けている」

戦乱の琉球を統一した王様の出身地

尚巴志

今から六百年以上前、琉球は按司(あじ)と呼ばれる有力者がしのぎをけずる戦国時代。

そこへ佐敷城の「佐敷小按司(さしきこあじ)」と呼ばれる青年が登場します。のちに琉球を統一した尚巴志(しょうはし)です。

尚巴志は3つに分かれていた琉球を、中山、北山、南山と配下におさめ、1429年はじめて琉球を統一しました。

鉄の農機具の普及や、外国との貿易で琉球王国を豊かな国にしたのだそうです。

稲作発祥の地・水の里

稲作発祥の地

南城市には稲作や五穀の発祥伝説が多く残っています。中でも受水走水(ウキンジュハインジュ)には、大陸から鶴が運んできた稲穂を植えたという伝説も。そこでは毎年旧暦の1月初午の日に親田御願(ウェーダウガン)という田植えの儀式も行われます。

また樋川(ヒージャー)、川(カー、ガー)といったわき水も多い地域。垣花樋川は日本の名水百選にも選ばれています。

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