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東御廻り(あがりうまーい)とは

「遥か昔、大海原の彼方・二ライカナイから南の島のある浜辺に神が降り立った。
神の名はアマミキヨといい、グスクを構え、子供をつくり、稲を植え、そして人々の世を創った。
いつしか人々から祖霊神と呼ばれるようになり、御嶽に祀られ、国家安泰や五穀豊穣の祈りの対象となった。」

このような言い伝えと共に、沖縄には古くから祖先を敬い、自然の恵みに感謝し祀ってきた歴史・文化があります。 「東御廻り(あがりうまーい)」は、そんな琉球の精神文化にふれる旅といわれています。

古来より、沖縄では太陽の昇る東方のことを゛あがり゛と呼び、そこは理想郷・二ライカナイのある聖なる方角であると考えられていました。
「東御廻り」とは、創造神・アマミキヨが二ライカナイから渡来して住みついたと伝えられる霊地を巡拝する行事。
首里城を中心として、太陽が昇る東方(あがりかた)、または東四間切(あがりゆまじり)といわれ、太陽神信仰と密接な地域であった玉城、知念、佐敷、大里に点在する聖地をまわる巡礼を称したものです。
その起源は国王の巡礼といわれ、王国の繁栄と五穀豊穣を祈願する行事として始められたといいます。
代々、琉球王国は麦の穂が出る旧暦2月には久高島へ行幸し、稲の穂が出る旧暦4月には知念、玉城の御嶽を巡ったといわれています。
これが「東御廻り」の原型となり、王族から士族、民間へと広まり、いつしか島の人々は老いも若きもこの巡礼の道 を辿りました。
「東御廻り」を説明するうえで見逃せないのが、国王とともに聖地を巡拝した聞得大君(きこえおおきみ)の存在です。
聞得大君とは、国の祭祀をまとめる重要な役割を持った最高の神職で、その就任の儀式である「御新下り(おあらおり)」の際には、「東御廻り」随一の聖地である斎場御嶽にて儀式がおこなわれました。
国王自らがとりおこなった聖地巡礼は200年余りで廃止されますが、聞得大君による「東御廻り」はその後も長く続けられたといわれています。
琉球の神々に仕え、王国に平和とやすらぎをもたらした聞得大君は、今日、琉球の精神文化の象徴「東御廻り」のシンボルともいえるでしょう。
現在伝えられている「東御廻り」のコースは、琉球王国が国家的祭祀ルートとして指定したもの。
首里の園比屋武御嶽(すぬひゃんうたき)を出発し、与那原、佐敷の拝所を経て知念に入り、ティダ御川(うっかー)を拝んで、斎場御嶽(せーふぁうたき)に至ります。さらに知念グスク、知念大川(ちねんうっかー)、ヤハラヅカサ、受水走水(うきんじゅはいんじゅ)などをまわり、玉城グスクまでという行程で計14の聖地を巡ります。
琉球開びゃくの神話や琉球王国にゆかりの深い東方(あがりかた)をまわる聖地巡礼、最近では心とからだ癒すための"自己発見の道しるべ"として、あるいは"健康的なリクエーション"として「東御廻り」をする人が増えています。

東御廻り(あがりうまーい)

  • アマミキヨ

    アマミキヨ

    琉球民族の祖霊神と言われている。 琉球の神話では、日の大神(天にある最高神)は琉球を神の住むべき霊所であると認め、創世神・アマミキヨに命じて島づくり国づくりを命じる。 天上より琉球の地に降りたアマミキヨは、この命を受け、沖縄本島をつくったとされる。 現在では、アマミキヨによってつくられた聖地のうち7つが琉球開びゃく七御嶽として語り継がれ、琉球の信仰において最も神聖な御嶽として位置づけられている。

  • 琉球国王

    琉球国王

    東御廻りの起源は、初代琉球国王である。 尚巴志(1372-1439)の聖地巡礼と考えられている。 祖霊神の信仰は二ライカナイを信仰するものであり、尚巴志も古来より伝わる祖霊神を守護神として信仰していたといわれている。 国王自らおこなった聖地巡礼は200年以上も続いた

  • 聞得大君

    聞得大君

    聞得大君とは「最も名高い神女」という意味で、琉球の信仰における神女の最高位の名称。 聞得大君は、琉球王国の最高位の権力者である国王と王国全土を霊的に守護するものとされた。そのため、国王の姉妹などおもに王族の女性が任命されている。 琉球全土の祝女(ノロ)の頂点に立つ存在であり、琉球最高の御嶽である斎場御嶽を掌管した。 初代(1470年)から15代(1875年)までの約400年余りにわたって、琉球王府の神事を担った。

  • 御新下り(おあらおり)

    御新下り(おあらおり)

    聞得大君が最高神職に就任する儀式首里における儀礼を終え、大里間切与那原(おざとまじり よなばる)にあったいくつかの要所を経て、知念間切(ちねんまじり)にある斎場御嶽に入り、2日間に及ぶ数々の儀式を執りおこなった。 聞得大君は、聖水を額に付ける「御水撫で(うびぃなでぃ)」の儀式で神霊を授かり、神と同格になったといわれる。 御仮屋(うかりや)が建てられたり道路が整備されたりと、その準備には数か月も及んだという。 琉球王国で最大規模の行事。

東御廻りの心構え

  • 1.礼をし、挨拶をしましょう。

    自分の名を名乗り「見学にきました」と唱える。

  • 2.敬う心で臨む、身体を清める。

    聖地は祈りの場所だということを念頭において、参拝に行く前には必ず入浴をするなど身を清めるエチケットが必要です。さらに参拝前にお水を飲み身を清めましょう。

  • 3.祈りを妨げるのはNG

    拝みをしている最中の人たちに声をかけてはいけません。写真を撮るのもやめましょう。

  • 4.聖地内にあるものを持ち出さない。

    聖地内に動植物を持ち込んではいけません。また、記念として石や植物などの持ち出しもやめましょう。

  • 5.ゴミを出さない汚さない。

    美しく保つように心がける

  • 6.ハイヒールはやめて歩きやすい靴に。

    森や岩場歩き(雨の日は滑りやすい)にも対応できるようにフットワークは軽く。

  • 7.ハブに注意

    茂みや岩間に潜んでいる場合がありますので、ご注意ください。

  • 8.蚊が多いので注意

    山の中にあるので、蚊が多いです。虫よけスプレーで蚊よけ対策を。

  • 9.火を焚かない

    防火のため、線香に火をつけないのがお約束。

  • 10.ざっくりと概要をチェック

    観光地のお城巡りとは意味が異なるので、予備ちしきはしっかり。

  • 11.ガイドがいるところではその案内に従う

    独特の価値観を知るためにも解説に耳をかたむけて。

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なにもないけど、なにかを感じるパワースポット

  • 水

    琉球王国最高位の神女・聞得大君の就任式である「御新下り(おあらおり)」では「御水撫で(ウビナディ)」と称し親川の水を額につけたといいます。
    これは生命の新生や再生を意味するとされています。
    それ程に湧き出る水は貴重であり、人々はそれを神聖なものとしたのです。
    その大切さは当時も今も変わらないはずです。

  • 自然

    これは逆にいうと、拝所があることによってそこは神聖な場所として守られてきたと言えます。
    しかし中にはテダ御川のように採石によって水が涸れてしまった例もあり、その姿は切々と私達に問いかけているように思えます。
    喧騒とは縁のない環境の中で、五感をフルに開放し、自然の小さな声に耳を傾けてみてください。

  • 食

    受水・走水や知念大川は稲作発祥の地だと言われていますし、琉球創世の神アマミキヨが降臨した島、久高島は麦・栗・豆などの発祥地とされています。
    東御廻りはそうした食や五穀豊穣への感謝の祈りを捧げたものでもあったのです。
    東御廻りをしながらランチを楽しむとき、少しでもそのことを思いだしてみてください。

  • 生命

    沖縄における人の発祥を元にした東御廻りは、脈々と連なってきた生命に対する祈りの巡礼だったと言えます。
    今でも東御廻りの拝所を訪れる人々はその祈りの中で祖先敬い、子孫繁栄や家族の健康を願います。
    自然のエネルギーが満ちあふれるなかで、誰かへの存在(=生命)のために祈ることはまた、自身への癒しにもつながるのではないでしょうか。

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